開校、そして3年目



故公文公会長は言いました。
「この天才児たちを集めて、公文国際学園を作る。半数は東大に行くだろう!」

微分積分を難なくこなす小学生は、
半数と言わず全員東大に行ってほしいものです。

要するに、天才児など幻想、に過ぎなかったわけです。

初期、「公文全国進度上位者のつどい」に招待されたような生徒は、
多くは公文国際学園に入学しました。

「小学生の時はプリントの丸写しと丸暗記で大変だったぜ」
そんな声が寮内に溢れていました。


慌てたのは公文教育研究会です。
解答丸写しの悪ガキを天才児だと信じ、何十億という私財を投じて、
天才養成学校を作ったわけですから。

「半数は東大に!」というのは嘘だったのか!、と怒るPTA。
「やっぱり天才児などいなかったのか・・・」と落胆する現場教師。
親元を離れて勝手気ままに振る舞う寮生。
初代校長はわずか2年で退職しました。

ただ、公文式で天才児が育たなかった、ということはありません。
「公文式優秀児の知能が高いとは言えないが、
 知能の高い子が公文式をやれば優秀児」となるのは簡単だからです。

だから、平均的な小学生に比べれば全体的に知能は高い。
大河原先輩のような天才もいれば、多くは普通の生徒。


公文国際学園、数学オリンピック界では有名ですね。
開校2年目から予選合格者が誕生し、
5人の合格者を送り込んだ年がある。

事情としては公文教育研究会は大阪数学研究会として発足していて、
数学は公文式の軸でもあったんです。
そんな理由もあって公文国際学園には数学部というのがあって、
公文式優秀児で知能の高そうなのが、そこに集まっているところもあります。
そもそも顧問からして・・・・いえ、何でもありません。

具体的なデータを提供すると、
1期から3期くらいまでは、東大合格者の過半数が数学部出身です。
今年の8期生の3人中2人も数学部出身です。
また、数学部員の半数近くが東大に行っています。

逆に言うと、公文公会長が想定していた公文国際学園は、
この数学部の中だけに残っているとも言えますね。
なお、公文国際学園数学部出身者は理系に限りません。
全国模試でトップをとるクラスの文系人間も2人ほどいます。
1人は今、代ゼミで古文教師をやっているそうな・・・


数学部の宣伝はこのくらいにしておきましょう。
もっとも、数学部の規模は全生徒の、2%程度です。
それで、故公文公会長の理念は数学部くらいにしか残っていない。

現在、学校法人公文学園の理事長をされているのは、
故公文公会長のご子息、故毅社長の奥さん、倫子理事長です。
その公文国際学園の中で開校当時の精神を貫くのはわずか2%程度。

残り98%は、無駄に高い学費から成り立っているそうです。