新大陸の徴税人が仮面を奪われるまで




 森の中に神殿を見つけたとき、主は、再びそれまでの記憶を喪失されていた。
神殿の周りにはネズミを捕るためのネコがたくさんいた。主はネコたちに、神殿を守り続けるよう命じた。

 神殿の中から、主と同じような格好をした初老の男が出てきた。
初老の男は、主に、今日の天気はどのようであるか答えるように言った。
主は、空を見上げていわれた。「本日は雲一つない良い天気が続くであろう」と。

 初老の男は、主を激しく怒鳴りつけた。
「雲を本当に理解しているのならば、空など見上げなくとも雲の形を答えられるであろう」と。
主は、言われた。
「もしかして貴男は、神が遣わされた精霊ではないのか」と。

 初老の男は答えた。「私は、ただの数学者である」と。
主は、初老の男が神に遣わされた精霊であることを確信して、神に捧げるためのオリーブの油を注いだ。







 主は、聞かれた。
「何故、森の中に神殿があるのか。このネコたちは何か」と。
 初老の数学者のなりをした精霊は答えた。
「この神殿は、神が隠された秘密を読み解こうとして、神の怒りに触れた者たちを祀っている。
 このネコたちは、ネズミが増えるのを防ぐためである。神殿を守っているものである」


 精霊は続けた。
「この神殿が森にあるのは、徴税人が隠した秘密を読み解いて、徴税人の怒りに触れたからである」
 主は言われた。
「私がここにいるのは、漁師ヨセフが隠した秘密を読み解いて、ヨセフの怒りに触れたからである」
漁師ヨセフとは、エバの父親のことである。

 主は聞かれた。
「1つしか入れていないものを、2つ取り出すことは可能か」と。
 精霊は答えた。
「ゆっくりしていかれよ。神は1つの世界を作り、昼と夜の2つを取り出された」







 主が南関東のアララト山を訪れたとき、漁師ヨセフの妻サラと会った。
サラは、エバの母親である。

 サラは言った。「私の夫は奇跡を起こした。私の腹に1つしか入れていないものを、2つ取り出した」
主は、サラに言われた。「それは奇跡ではない。2つの腹に入れたものが、2つ出てきただけだ」

サラは、腹を立てて言った。
「貴男も奇跡を起こす。エバの腹に1つしか入れていないものを、2つ取り出そうとした」
主は、サラをたしなめて言われた。「私はまだエバの腹に、1つも入れていない。女神に誓ったことである」
サラは、眼を丸くして言った。「私はまだ、そのような福音を受けていない」

 その晩、エバがサラに福音をもたらした。
「主は、アララト山の雷から私を守るために、私を木の穴ぼこに隠し、そして取り出したのだ」と。
サラは主とエバの起こした奇跡に気を失い、眼を覚ましたときは精霊たちに囲まれていた。








 主は、女神の教えを守り、円周率10000桁を口に含まれた。
主が円周率10000桁を言えるようになると、主を祝福して双子の精霊レアとラケルが現れた。

 主は言われた。
「これは神が私に与えた試練である」と。
主は、続けて言われた。「私には双子の片方が昼に見え、片方が夜に見える」と。
人々は、主の言葉をあざけり笑った。

 昼のラケルは、主を祝福していたが、夜のレアは、主を祝福していなかった。
昼のラケルは女神の降臨を信じたが、夜のレアは「女神の降臨を信じない」と言った。








 主は森を抜け、鴨の泳ぐ大きな堀のある所まで来られた。
そこでは、たくさんの政治家たちが頭を抱え、目の前に15桁の数字を並べていた。

「このままでは16桁目の数字が必要になります、主よ」一人が言った。

 主は、答えて言われた。「この計算式を作ったのは誰か」と。
「新大陸の徴税人でございます。しかしその男は、数学という病に冒されております
 数学という病に冒された者が作った計算式は、数学という病に冒された者しか解けません。
 我々には、数学という病が恐ろしいのです」

 その時、時計工の妹ミリアムが進み出て、言った。
「数学という病に冒された者は自殺します。これは、女神が定められたことです」







 昼の娘ラケルは、主の頭に香油を注ごうとして言った。
「主よ。貴男は、数学の森にうずもれるお方ではない。私のためにお働き下さい」と

 主は、ラケルの香油を拒否して、言われた。
「私に働けと言ったのは誰か。女神か。それとも、新大陸の徴税人か」


「いいえ、主の奇跡を信じる私めにございます。主よ」 ラケルは答えた。

「私は奇跡を起こさない」 主も、お答えになった。
「私はまだ、1つしか入れていないものを2つ取り出す奇跡を解決していない。
 私は、奇跡を起こさない」


 辱めを受けたと感じたラケルは、主に言った。 「この病人めが!」







 昼の娘ラケルと、夜の娘レアは女神から知らせを受けた。
悪魔が主を誘惑していると。主は、悪魔が隠した秘密を暴こうとして悪魔を怒らせたと

 ラケルは主のために、樽一杯のオリーブの油を鏡の上に注いだ。
女神の知らせを信じないレアは、ラケルがオリーブの油を鏡に注いだことを怒った。

 主は、ラケルがオリーブの油を注いだ鏡のおかげで、悪魔の誘惑に勝った。
しかしその鏡にオリーブの油を注いだのがラケルであると知って、主は心を痛めた。
樽一杯のオリーブの油は、ラケルが使うには高価すぎたからである。

 ラケルは、女神に騙されたと主を罵った。
主はラケルに感謝していたので、どんな罵りでも受けると言って、ラケルの言葉を待った。
ラケルは言った。「主は、数学という病に冒されている」と








 数学という病に冒された主のもとには、次々と悪魔がやってきた。
「悪魔が隠した秘密を暴こうとした数学者は、悪魔に命を奪われる」と悪魔たちは言った。

 珈琲売りのラハブが、精霊たちの命を受け主のもとにやってきた。
「これを煎じてお飲み下さい。
 数学という病に冒された者は、森の神殿でも毎日午後3時にこれを飲みます

 主は、珈琲を注ぐ入れ物を取り出して、言った。
「それならば、これに珈琲を入れよう。この器は女神が、珈琲のために揚げ菓子を曲げて作られたのだ」







 ついに主は、悪魔の襲撃を受けた。
女神は、鶏が3度鳴く前に主が眼を覚まさなければ、主が復活することはないと言った。
珈琲売りのラハブも、初老の数学者も主の周りに集まって言った。

 「主は、復活するだろうか」と。

 その時、女神は祝福の雨を降らされた。
雨に打たれた主は息を吹き返し、ブドウ酒のような血に汚れた自らの服を見た。
珈琲売りのラハブが、「主よ、これでお目覚め下さい」と珈琲を差し出した。


 初老の数学者は言った。
「これが女神に選ばれし数学者なら、匂いだけで器の中のものを言えよう」
主は、見事に豆の名も当てられた。
初老の数学者は言った。「貴男は、確かに数学という病に冒されている。神殿の中に入る資格がある」






10

 神殿の前に立つ主に、再び女神が降り立った。主は、言われた。
「女神よ。私には、エバが言ったバルトロマイの奇跡の謎が、解けたのでございます」

 女神は言われた。
「ならば、ここに明かしてみよ」
主は言われた。 「エバは、バルトロマイを娘と見間違えたのではありますまいか」

 女神は、主を祝福して言われた。
「その通りだ。しかし、エバを責めてはならない。お前を苦しめたのは、秘密を黙っていた私だからだ」


 主は、女神の言葉を人々に伝えられた。
「救いの女神は、搾取の女神である。女神は、そういう面白いことを、簡単にお許しになる」

 人々は、その福音を祝福した。






11

 主が神殿の中に入ると、
ミリアムの兄である時計工が作った、ゼンマイで動く猫と十字架が置いてあった。

 「この十字架は何に使うものか。この猫は何か」と、主は問われた。

 初老の数学者のなりをした精霊は答えた。
「円周率を打ち込めば、人が入れるようになる。しかし命の惜しい者は、普通は入らない。
 その猫は、十字架に入った者が試練に失敗すれば、食い殺すよう命じられておる」

「私が入ろう」と、主は言われた。
「救いの女神は、搾取の女神である。女神は、そういう面白いことを、簡単にお許しになる」

 エバもイルザも、主のために祈った。
しかしどの娘も、主を止めようとはしなかった。救いの女神は、搾取の女神だからである。

十字架の中に入られた主を、「だから数学者は病気!」と罵る娘はなかった。






12

 主は、十字架に入られる前に、それに名前を付けられていた。
十字架に掛けられた名札には、「小川三四郎探偵事務所」と書かれていたので、人々は驚いた

 「なぜ神殿の中でそのような名前を書かれたのか」

 主が掲げた謎は、誰も解けなかった。
ラケルは、「主は病気だからだ」としか言わず、ラハブは頬を薄紅に染めるだけだった。






13

 珈琲売りのラハブは、主の御心に気がついた。
「主は、1つしか入れていないものは1つしか出てこないことを示すために、十字架に入られたのだ」

 人々は、主の御心に恐れおののいた。そして、言った。
「女神は、主を殺されたりはしない。女神は、そういう面白いことを簡単にお許しになると、主は言われた」

「これは十字架ではない。主は、女神の腹の中に入られたつもりなのだ」
「主は、女神の庇護を受けながら、徴税人たちが隠した秘密を暴こうとされているのだ」

 神殿を守る猫たちが顔を洗い始めた
たちまち空は雲に覆われ、人々は、主の入った十字架に落雷するのではないかと、口々に心配した。