□0 目次
□1 指紋採取は不自然なく
□2 警察は泥棒の始まり
□3 警察はさほど悪くない
□1 指紋採取は不自然なく
悔しいが、岡澤自身、指紋採取されたことに気付くまで1ヶ月かかった。
確かに、指紋採取されたことは事実なのである。竹芝埠頭の交番と、母島駐在所で。
仕方がないと言えば、仕方ないのだ。竹芝埠頭の交番では、指紋を担保に金を借りたわけだから。
それでも指紋採取から1ヶ月以上経つまで、指紋採取をされたという意識がなかったのだから、悔しくて仕方ない。
どうして急に1ヶ月前のことを思い出したかというと、「警察の捜査はレベルが低い」という話である。
実は、母島駐在所の手荷物検査で手荷物の見落としがあったのである。
警察が岡澤の手荷物の、何を見落としたかというと、岡澤が「印鑑」を持っていることには触れなかった。
一つ一つ確認してゆく中で、印鑑だけは、その存在を本人に確認しなかった。
手荷物検査の終了時に、「警察も見落とすことがあるんだな」と思っていたのだが、そうではないと気付いたのだ。
岡澤が印鑑を持っていることを思い出してしまったら、提出書類への拇印の代わりに印鑑を押すと言い出しかねない。
つまり、岡澤に不自然なく拇印を押させるためには、手荷物の中に印鑑があることを無視するしかなかったのだ。
何が汚いかというと、「それじゃ、指紋を採取するからね」と言われたとしても、拒否するつもりはなかったから。
つまり警察としては、岡澤が再び警察の世話になることを期待して、
「それじゃ、指紋を採取するからね」とは言わず、再犯時の窃盗や殺人時に指紋を残してくれることを期待したのだ。
警察が自分の指紋を持っていることを知っていたら、指紋は残すまい。
岡澤の感想は、「そこまで経費節約しているんだ!」である。
指紋から容疑者が特定できれば、あとは免許証の写真を公開して指名手配するだけである。
それで、出頭してきた容疑者には指紋のことは言わず、「目撃者がいたんだよ」とでも言えばいい。
警察に指紋を採られていることを知らない犯人は何度も犯行を重ね、何度でも指紋から人物を特定される罠である。
例えば達弥が犯人なら、「お前、現場に指紋を残すから、すぐ捕まるんだよ」とでも言ってやりたい。
ところが、犯人に指紋を消されてしまうと、警察の必要予算が激増する。
たぶん、指紋を消したくらいでは逃げ切ることはできないと思うが、警察の負担は増える。
経費節約のために、本人に気付かれないように指紋を採取するのが警察の方法らしい。
□2 警察は泥棒の始まり
これは、見破るのは数分だった。
竹芝交番で、金を貸してくれた警察の方の名前を書いた紙が、任意同行から解放されて以降、行方不明になった。
もっとも、岡澤の記憶力は警察署名も名前も全部暗記していて、その証書は必要なかった。
だからこそ、「わざわざ紙に書かなくても良かったのに」と考えた瞬間、罠に気付いた。
でも、所持品検査の最中、黙って抜き取るのは泥棒じゃないの?
確かに、いくら記憶力で名前を暗記していても、借金を恩義に感じていれば証書は捨てない。
それを捨てた、あるいは無くなったのに気付かないという場合は、「返すつもりがなかった」と判定される。
いや、本当に「返すつもりがなかった」かを判定するのは裁判官だが、
少なくとも警察の段階では「返すつもりはなかった」との員面調書を認めるまでは帰してもらえない。
個人的には、金を借りてから3日しか経っていないのに、現金書留で金を返す羽目になり、
現金書留の手数料として「十日で一割」に匹敵する利子を取られたのが、出資法違反のような気もする。
「これは出資法違反ではない」と警察が主張するにせよ、
サラ金の「遅延損害金」を利息制限法の利息として認めないというのと同程度の議論に思える。さすが広域暴力団。
そもそも、「交番で金は借りるな」という話であり、
交番で金を借りるような人は、他のあらゆる人から借金を断られた人というわけだから、
広域暴力団サクラ組にヤミ金並みの利子を取られても仕方ないという議論は可能である。
そういう意味では、やむを得ない場合の金融業務に関しては、警察も民営化されたようなもの。
「それで良いのか」という気はする。
だが、本当に困っている人がいるとして、
金を貸しておいて、「返すつもりがないんだろう」と逮捕というのは、酷な話だ。
でも実際、そこまで困っている人にとっては、日常社会よりも刑務所の中の方が暮らしやすいかも知れない。
ホームレスが、刑務所の中に入るために窃盗をする時代。
なら、警察で金を借りて詐欺で捕まった方が、民間人に危害を加えない分、優秀だといえる。
所持品検査の最中に証書を黙って抜き取られて怒る岡澤だが、
警察としては、「交番で金を借りなきゃいけないような奴は、民間人に危害を加える前に刑務所に入れ」というわけで、
論理は一貫している気もする。
それで、交番で金を借りる際には、印鑑代わりの拇印だと言って、指紋採取する。
警察官の仕事は、顧客を手放さない悪徳ビジネスに似ている。
□3 警察はさほど悪くない
5月以降、警察が岡澤の身柄を欲しがっているのは承知していたが、
「あの岡澤に、とにかく罪名を付けたいのだろうか」という政治的意図を疑い、
政界の巨悪が岡澤を逮捕したがっているのだろうという憶測に確信を強めていた。
それで7月、警察に嫌われそうな過去の犯行をまとめて顔馴染みの弁護士に見てもらうと、
佐藤玲奈殺人事件の時効は完成していないと指摘された。
しかし、岡澤は佐藤玲奈が自殺したものと思いこんでおり、追われる理由がない。
強いて言うと亜友の母親も自殺しており、「岡澤の周りで2人の自殺は多すぎないか」という程度である。
だが、岡澤が2人を自殺に無関係とは言わないものの、追い込んだという状況ではなく、
「2人の自殺にどのような関係が考えられるか」と考えていて、はっとした。
つまり、岡澤に人殺し趣味があり2人の女を自殺に追い込んだという並列の関係でなく、
佐藤玲奈が自殺したせいで、亜友の母親が自殺したという原因・結果の関係は考えられないかと。
亜友に佐藤玲奈の自殺を話した記憶のない岡澤が、「亜友・母に佐藤玲奈自殺を話したのは誰だろう」と考えると、
広域暴力団サクラ組、つまり警察の犯行と考えると話が繋がる。
岡澤は、その半年ほど前に「佐藤玲奈の自殺に疑いの目を向けろ」というメッセージを受け取っていた。
作成者に悪意は感じられなかったが、悪質な嫌がらせだと思って放置していた。
ところが、警察は佐藤玲奈の自殺に疑いの目を向け、亜友・母を自殺にまで追い込んだわけで、
そう考えるとこれは悪質な悪戯ではなく、岡澤に宛てたメッセージである。
岡澤への警告は、「警察は佐藤玲奈殺害の容疑者として、お前を疑っているぞ」であり、
悪質な悪戯じみた警告といえども、メッセージを受け取ってすぐ、岡澤は逃亡生活を始めた。
そうしたら、実際に警察が岡澤を追いかけて、指紋採取までしたのである。
それでもまだ、岡澤代祐は佐藤玲奈の死を「自殺」と思いこんでおり、メッセージとの関連性に気付かなかった。
ところが弁護士の一言で、佐藤玲奈の自殺と亜友・母の自殺との関連に気付いた岡澤は、
メッセージを繰り返し読み込んで、送信者の真の意図を解き明かそうとした。
そして、読み解くと佐藤玲奈殺害の実行犯の名前が浮かび上がってきた。
岡澤を追い回したことで、警察はさほど悪くない。
佐藤玲奈殺害の実行犯の名前を知りつつ、遠回しなメッセージを送って寄越した亜友・父が全部悪い。
警察が、全力で婿イビリを応援した構図である。
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